大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和38年(ネ)682号 判決

控訴人 東京信用金庫

被控訴人 鴨下博

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、認否、援用は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

被控訴代理人は、

(一)  被控訴人及び訴外池袋信用組合が昭和三四年五月二五日なした弁済供託の被供託者は訴訟人である。

(二)  訴外佐藤光男は、被控訴人のなした弁済の提供の事実を知つていたのである。

と述べ、控訴代理人は、

(一)  被控訴人主張の前記(一)(二)の事実は何れも認める。

(二)  昭和三四年五月二二日現在において控訴人が訴外青木与三郎に対して有していた債権は、元本金四九三万六、六五〇円及び延滞損害金九万五、〇五〇円、合計金五〇三万一、七〇〇円(内訳は別紙〈省略〉記載のとおり)であつた。それ故、被控訴人のなした弁済の提供はその一部に止まるものである。

しかして、控訴人の有していた担保権は、通常の抵当権ではなく根抵当権であるから、その性質上、仮に債務全額を弁済したとしても根抵当権は当然消滅するものではなく、同様に代位弁済によつても当然根抵当権が代位弁済者に移転するものではない。

まして本件において被控訴人のなした弁済提供は債権額の一部に過ぎないから、控訴人の有していた根抵当権、代物弁済としての所有権移転請求権及び賃借権設定請求権に対しては何等の消長を及ぼすものではなく、従つて控訴人が根抵当権等を訴外佐藤光男に譲渡しても被控訴人の権利を侵害することはないのである。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

訴外青木与三郎が昭和三〇年九月二七日、控訴人要町支店との間に手形貸付、証書貸付、商業手形割引契約を締結し、その担保として、同訴外人所有の東京都豊島区長崎一丁目二七番地木造瓦葺二階建店舖共同住宅一棟建坪四八坪一合五勺二階三三坪五合(以下本件建物と略称する)につき極度額八五万円(昭和三二年一二月六日、二五〇万円に増額し、同月一〇日その旨登記)遅延損害金日歩六銭の根抵当権を設定し、もし極度額の債務の弁済を怠るときは代物弁済として本件建物の所有権を移転する旨の代物弁済の予約をなし、昭和三二年一一月一二日根抵当権設定登記及び代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全仮登記をなしたことは当事者間に争がない。次に、成立に争のない甲第六号証並びに原審証人青木与三郎の証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、訴外池袋信用組合は、昭和三三年四月二二日、青木に金一〇〇万円を弁済期を昭和三四年四月二二日と定めて貸与し、その担保として本件建物につき次順位の抵当権を設定し、昭和三三年四月二三日その旨の登記を了したこと、並びに被控訴人は昭和三三年一二月一五日青木に金一三〇万円を弁済期を昭和三四年四月一〇日と定めて貸与し、その担保の目的で、もし右債務を弁済しないときは本件建物を抵当権の負担付のまま金一三〇万円を以て買取る旨の売買予約をなし、昭和三三年一二月一五日売買予約に基く所有権移転請求権保全仮登記をなしたこと(右登記及び仮登記の存することは当事者間に争がない)を認めることができ、これに反する証拠はない。

原審証人青木与三郎の証言によれば、青木は昭和三四年五月四日、手形交換所から不渡処分を受けたこと、及び青木と控訴人要町支店との間の前記手形貸付等取引契約には、青木が不渡処分を受けたときは、右契約に基く債務につき、直ちに期限の利益を失い、本件建物につき代物弁済予約完結権を行使されても異議がない旨の約定があつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。

以上の事実によれば、控訴人の停止条件付代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全仮登記は、訴外池袋信用組合の抵当権設定登記並びに被控訴人の売買予約に基く所有権移転請求権保全仮登記よりも先順位に登記されている関係上、もし青木が債務の弁済を怠り控訴人が代物弁済予約完結権を行使すると訴外組合の抵当権も被控訴人の売買予約上の権利も共に覆滅されることになるのであるから訴外組合及び被控訴人は共に青木の控訴人に対する債務の弁済をなすにつき正当の利益を有する者であることが明らかである。

しかして、被控訴人が訴外組合の代理人後藤喜丸、公証人保持道信と共に昭和三四年五月二二日午後三時頃控訴人要町支店に赴き、支店長降旗多門に訴外組合は現金一三〇万円を、被控訴人は現金五〇万円と被控訴人が同支店に対して有する普通預金債権八〇万円合計金二六〇万円を青木の控訴人に対する債務の弁済として現実の提供をなしたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証及び原審証人保持道信の証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人及び訴外組合が前記弁済の提供をなすに当り、公証人保持道信は、支店長降旗多門に対し、被控訴人及び訴外組合のために、被控訴人及び訴外組合は、右債務の弁済につき正当の利益を有する者である旨を告げたが、同支店長は何らの理由も言わずに受領を拒絶したことを認めることができ、これに反する原審証人降旗多門の証言は信用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

ところで、右弁済提供のあつた昭和三四年五月二二日当時における青木の控訴人に対する前記手形貸付等取引契約に基く債務は、当審証人秋元実の証言並びに同証言によつて真正に成立したと認める乙第四号証、同第五号証の一、二、同第六号証の一乃至九、同第七号証の一、二、同第八号証の二によると、元本金四九三万六、六五〇円及び遅延損害金九万二、三三八円、合計金五〇二万八、九八八円(内訳は別紙記載のうち国民金融公庫代理貸付分に対する遅延損害金七、七八〇円とあるのを五、〇六八円と訂正するほか、別紙記載のとおりである。)であつたことが認められる。原審証人青木与三郎は、当時同人の控訴人に対する債務は元利合計で二百五十何万円であつた如く証言しているけれども、後記認定のとおり控訴人の青木に対する債権と、青木が控訴人に対して有する債権とが相殺されたのは翌五月二三日である事実に照らし採用できず、この点に関する原審における被控訴人本人尋問の結果も同様の理由で採用できない。しかして、当審証人秋元実の証言及び同証言により真正に成立したと認める乙第八号証の三、四によれば、控訴人要町支店長は、右弁済の受領を拒絶した翌日である昭和三四年五月二三日控訴人の青木に対する当日現在の債権である元本金四九三万六、六五〇円及び遅延損害金九万七、三五五円、合計金五〇三万四、〇〇五円を、青木が控訴人に対して有する定期預金、定期積金、日掛積金元本合計金二三二万二、六五〇円、右に対する利息合計金六万五、三九七円、出資金二万円、以上合計金二四〇万八、〇四七円の債権と相殺した上、青木が控訴人に対して負担する遅延損害金の一部を控除し、結局青木に対する債権残額二五八万余円を根抵当権及び代物弁済予約上の権利と共に何ら法律上の利害関係のない第三者である訴外佐藤光男に譲渡した(控訴人要町支店長が訴外佐藤光男に青木に対する債権を根抵当権及び代物弁済予約上の権利と共に譲渡したことは当事者間に争がない。)ものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。なお、右根抵当権及び代物弁済予約に基く所有権移転請求権譲渡につき即日登記を了したことは当事者間に争がなく、原審証人青木与三郎の証言及び同証言により真正に成立したと認める乙第一号証によれば、右債権等の譲渡に当り、青木は控訴人に対し確定日付のある書面を以て右債権等譲渡を異議を留めずして承諾したことを認めることができ、これに反する証拠はない。

されば、昭和三四年五月二二日被控訴人及び訴外池袋信用組合が控訴人に対してなした弁済の提供は、結局債務額の一部の提供であるにすぎず、債務の本旨に従つてなされたものとはいえないから、控訴人要町支店長がその受領を拒絶したからといつて受領遅滞とはならず、従つて控訴人から青木に対する債権の譲渡を受けた右佐藤において代物弁済予約完結権を行使して本件建物の所有権を取得し、その結果、被控訴人が訴外組合と共に控訴人の右債権譲渡後である昭和三四年五月二五日控訴人に対し金二六〇万円を弁済供託した上青木に対し売買予約完結権を行使して取得した本件建物の所有権が失効したとしても、右は控訴人の適法な権利行使の結果たるに過ぎないから被控訴人は控訴人に対しその損害の賠償を請求することはできない。

以上の次第で、控訴人に不法行為があつたという事実は認められないから、その余の点について判断する迄もなく被控訴人の本訴請求は失当といわねばならない。

よつて、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべく、これと異る原判決は不当であるからこれを取消すこととし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊池庚子三 花渕精一 山田忠治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例